始めに ※心霊写真、心霊現象に関する警告
見るな / / 心霊写真に関する注意書き
はじめまして。「Blair Witch -心霊写真の森-」に、よくぞ、いらしてくださいました。このブログでは、旅行先で撮った写真を整理していて、偶然発見してしまった心霊写真や、ネット世界を散歩中に発見した心霊写真及び心霊動画を、順次アップしていっています。

基本的に、私は心霊スポットと呼ばれる場所には行きません。心霊スポットとされる場所が、いかに「厄介なこと」が起きやすい場所であるか、わかっているからです。無事、何も起きないこともあるかもしれませんが、厄介事は、避けるに越したことはありません。しかしながら、幽霊というのは、心霊スポットにだけ現れるものではなく…、私たちが日常的に通りかかったり、時間を過ごしたりする空間にも現れます。そう、例えば家庭や職場、そしてごく一般的な観光地にも。しかしながら、幽霊の全てが巷で噂されるような、恐ろしい存在というわけではありません。むしろ、ただ通り過ぎるだけの霊の方が、圧倒的に多いのです。だからこそ、たとえ何も知らないにしても、それなりに安全であることを感じ取っているので、人はそこを平気で訪れることが出来るのです。そんなわけで、このブログでは心霊写真の他に、幽霊の目撃が相次いでいる「観光地」を紹介しています。多くは海外ですが、旅行する機会がありましたら、ぜひ楽しい交流をなさってみてください。

なお、こちらの心霊写真カテゴリーに掲載する写真は、基本的に全て「ホンモノの心霊写真」と管理人が判断したものを掲載しています。したがって、これらの心霊写真を見ることで、全く霊障が起きない保証は、どこにもありません。幽霊が見える・見えないは、霊感・霊視能力の有無や強弱よりも「相性」による部分が大きいため、それまで心霊体験が皆無な方であっても、もの(霊)によっては「相性」が合う可能性もあります。また、何かあったとしても、当方では電話相談を含め、何も対処できません。ですので、霊感や心霊体験の有無に関係なく、訪れてくださった皆様に申し上げます。【ご理解いただける方のみ、お進みください。】

このサイトは、「Yahoo!カテゴリ」の『心霊写真』に登録されています。

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補足 ヒントン・アンプナーの心霊現象
幽霊の謎 / / 心霊観光案内
心霊観光案内の項で取り上げたHinton Ampner (ヒントン・アンプナー)の心霊現象について、詳しいいきさつについて述べた資料が見つかったので、少々長いがここに載せておく。


*     *     *     *     *



The Gray Man of HINTON AMPNER


ヒントン・アンプナーの心霊現象に関する最初の報告は、メアリー・リケットと彼女の子供たち、及び使用人、兄によって、「最も気味が悪く恐ろしいもの」として報告されている。メアリー・リケットは賢く、読書家の女性で、その誠実であるとの評判は、生涯損なわれることはなかった。そして彼女の兄、ジョン・ジェルビスは、海軍の有名どころの名前をとって、ジェルビス男爵もしくはセント・ヴィンセント伯爵と名付けられた。なお、このヒントン・アンプナーの例は、超常現象調査会誌によって、1893年の4月に出版されている。

1757年、メアリーはジャマイカのカナーンに住むウィリアム・ヘンリー・リケットと結婚し、イギリスのヒントン・アンプナー大邸宅に引っ越してきた。そしてそれ以来、ドアがバタンと閉まる音や足を引きずって歩く音といった心霊現象に悩まされるようになったのである。(ウィリアム・)リケットは「何かがうろつく」様子を幾晩も見張った後、それがなぜか家に入り込んでいるのを確信した。子供たちの世話係が「冴えない色のスーツを着た紳士が黄色い部屋に入っていくのを見た」と断言したのは、既に彼らがヒントン・アンプナーに住み着いて半年が経ったときのことだった。とは言え、これらの心霊現象が起きていることは、リケットにとって既に4年間も許容していることで、あの物音も風と「何かうろついているもの」によるものであって、「灰色の男」や「1度見ただけの女」などは使用人たちの想像力の産物に違いない、と言って聞かなかったそうである。
何年間か、メアリー・リケットは夫が西インドまで商用旅行に行くのに付き添っていたが、1769年、3人の子供の世話をするために、イギリスの古い屋敷に残ることにした。屋敷で起きる不可解な現象は、全て自然に説明が付くものだと思ったからだ。ウィリアムも、マリーが夫のジャマイカ旅行中、イギリスに残ることを告げても、何も心配しなかった。そんなわけで彼女は8人の使用人と残ったが、屋敷内をうろつく存在もそんな奇抜なことはしでかしそうになかった。

しかし「それ」は、どうもウィリアム・リケットが彼の誠実さを妻に証明する前に、彼が長期旅行で屋敷を離れるのを待っていたかのようだった。彼は束の間妻の元を離れただけだったが、ある午後のこと、彼女が部屋でくつろいでいると、メアリーは誰かが部屋の中を歩き回り、シルクの衣類が床でこすれるような音を聞いた。しかし彼女が目を開けても、誰もいない。そこで彼女は使用人を呼び、上の階の部屋やクローゼットの中を徹底的に探させた。コックは、女主人が階段を下りるときに、何度となくその音を聞いたことがあること、そして1度などは暗い色のドレスに身を包んだ、背の高い女性の姿までも見たことがあることを忘れないでいた。リケットはそれまで使用人たちの話など無視してきたが、今や彼女自身も、目に見えない女性が立てる奇妙な音を聞いたのだった。



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その後も夜間の物音は続き、ある夜などは、メアリー・リケットが(例の「灰色の男」が入っていくのが目撃された黄色い部屋で)眠っていて、彼女の枕元に向かって歩いてくる、男の重苦しい足音で目が覚めた。それはあまりに恐ろしく、彼女はベッド脇のベルにさえ、手を伸ばせなかった。彼女はベッドから飛び起きると、子供部屋に駆け込んだ。子供たちの世話係はすぐさまベッドから出て、眠い目をこすったが、いったいどうして屋敷の女主人がこんなに悲しんでいるのか不思議に思った。しかしそれも、メアリー・リケットが重苦しい足音のことを話すと、眠気は完全に吹っ飛んだ。残りの使用人も呼び集められ、この騒ぎの責任者がいないか、再度無駄な捜索が行われた。

ドアをノックするような音やラップ現象が起き始めたのは、11月のことだった。そしてそれから2・3ヵ月後、つまり屋敷に引っ越してきて1年目が過ぎると、メアリー・ラケットと家族は家全体が虚ろでぼそぼそした声で満ちているのに気付いた。例の黄色い部屋で1番を過ごしたメイドなどは、朝食に青白い顔で現れ、夜中ベッド周辺で聞こえた陰鬱なうめき声のため、震えていた。

真夏までには、気味の悪い声は耐え難いほどになっていた。それは家族が寝静まる前に始まり、短く間をおいては、夜が明けるまで続いた。そしてメアリー・ラケットは、しばしば非常にはっきりとした音を聞くようになった。通常、それは女性の金切り声で始まり、次いで2つの深い、男性のような声色が合唱に加わった。霊たちの会話は、彼女のすぐ側で話されているかのように聞こえることもあったが、実際には何を言っているのか、はっきりとした言葉は聞き取れなかった。

最終的にメアリー・リケットは、兄のセント・ヴィンセント伯爵に、来て助けて欲しいと訴えた。実はセント・ヴィンセント伯爵は、この屋敷に越してきたばかりの頃にこのヒントン・アンプナーで2・3日過ごしたことがあったが、その当時は何の物音も聞かなかった。しかし今、妹の手紙は緊急性を伝えており、少なくとも妹とその使用人たちが心底悩んでいることを確信した。だからセント・ヴィンセント伯爵が屋敷に到着した時、彼は武装した男の使用人を伴っていて、失礼ないたずら者らが寄ってたかって彼の妹と妹の家族を悩ませているのを確認すると、すばやい解決を彼女らに約束した。キャプテン・ラットレルもまた、リケットの隣人だが、この悪霊払いに一役買って出てくれた。また、キャプテン・ラットレルはこの地の言い伝えに通じており、これが超自然的なもののしわざであることを、すんなり受け入れただけでなく、自発的にこの幽霊騒ぎの検証をした。

3人の武装した男たちは、ドアが勝手に開いてはバタンと閉まる音がするまで不寝番を続けたが、これによりメアリーの兄は、見えない世界の存在を信じるようになった。そしてすぐに、これは人の仕業ではないとの結論に至った。そしてキャプテン・ラットレルもまた、ヒントン・アンプナーは人が住むには不向きだと断言し、すぐさま引っ越すことを勧めた。

しかし、セント・ヴィンセント伯爵は妹の隣人の言うことに賛成したものの、妹が早々に家を離れるなんてことは出来ないとわかっていた。彼女には夫と家主にこの決定を連絡する時間が必要であったし、引越し先を手配させる必要もあったからだ。だから彼はメアリーに、1週間、毎晩自分が守ってあげること、昼間に眠って夜は見張るようにすることを伝えた。

メアリーが銃声と断末魔のうめき声で目が覚めたのは、兄が三夜目の不寝番をしていたときだった。彼女は引越しをとても怖がっていたが、頭では彼女の兄とその従者はとても有能で、この化け物に対しても上手くやってくれるとわかっていたので、安心していた。

それで兄が次の日の午後に目覚めた時、メアリーは昨晩の争いについて、手早く質問したが、セント・ヴィンセント伯爵は顔をしかめて、信じられないとばかりに頭を振った。銃声どころか、恐ろしげなうめき声すら聞いていないと言うのだ。

伯爵自身は翌日、誰も物音に気付けなかったことで、挫折感を味わわせられた。まるでものすごい重量のものが天井から床に落ちてきたかのような音を聞いた時、彼はベッドに横になっていたが、ちょうど昼寝から目覚めたところだった。彼はベッドから飛び起きて、天井と床に大きく開いた穴を待ち受けるように見つめた。ところがそこには一片の破片もなければ、屋敷の誰も、それが天井と床を突き破った音を聞いていなかった。真下の寝室で休んでいた従者さえも。

伯爵は、すぐにでもここを立ち去れと強く言った。と言うのも、彼はヒントン・アンプナーに長居できなくなったからだ。その代わり、彼は海軍の尉官にメアリーの引越し手伝いと夜間の警備を命じた。メアリー・リケットは家主のヒルズボロー嬢にこの忠告を伝え、すぐさま使用人に荷造りをさせた。彼女の兄が立ち去った夜、彼女と彼女の家族全員が、ちょうど彼が言っていたような衝突音を聞いた。その衝突音の後、いくつかの耳をつんざくような悲鳴が聞こえたが、それは地に飲み込まれるかのように、次第に消えていった。

メアリーの恐怖心を誤魔化そうと、子供の世話係は半ば皮肉って、「なんて素晴らしい音かしら! あんな音をもう1度聞いてみたいもんだわ!」と言ったが、そのためかどうか…、気の毒な女性(メアリー)は家族共々引っ越すまで毎晩、恐ろしい悲鳴とうなり声に悩まされた。

引越し後、メアリー・リケットはヒントン・アンプナーに、1度だけ戻った。その1人で屋敷に足を踏み入れた際、彼女はまた物音を聞いたが、それは以前には決して聞いたことがないもので、彼女に言わせると、「言いようのないほど恐ろしい」ものだった。

ヒルズボロー嬢は、1晩屋敷で過ごさせて、屋敷の噂が本当かどうか確かめようと代理人のセインズベリー氏を送ったが、そのセインズベリー氏は、1晩も持ちこたえられなかった。

そして1772年、ローレンス家がヒントン・アンプナーに引っ越してきた。彼らの使用人が、女の亡霊を見たと報告しているが、ローレンス家は何も口外しないよう、使用人たちにきつく言い含めた。彼らは引っ越すまで、1年間住んでいた。そして彼らの退去後、屋敷は新しい屋敷を立てるため、取り壊された。

ところで、メアリー・リケットが屋敷に住んでいた頃、1人の老人が、スタウェル卿の依頼で小ぶりの箱を板張りの壁の中に隠した話をしにやって来たことがあった。スタウェル卿と言うのは、ヒントン・アンプナーの元の所有者だ。彼は、その小箱には宝物が入っていて、それが幽霊が出没する手がかりになるかもしれない、とメアリーにほのめかした。それが、屋敷を取り壊した際に職人によって発見されたのだが、中には赤ん坊の骨が隠されていた。

メアリー・リケットが驚いたのも、無理はない。それはヒントン・アンプナーの言い伝えの謎を解く、最後の鍵のように思われたからだ。村人たちは、スタウェル卿が同じ屋敷に住んでいた彼の妻の妹と婚約して、不適切な関係になっていたと言った。事実、彼の義理の妹が彼の子を出産して、、生れ落ちると同時に殺されたことは、古い噂話のネタになっていた。そしてスタウェル婦人が亡くなると、妹のホノリアがヒントン・アンプナーの女主人の座に収まった。この過去の悪事が、悪の連鎖を形作り始めたのである。つまり、スタウェルの正妻が妹と薄情な夫によって不当な扱いを受け、不適切な関係によって罪のない子が生まれ、殺されて、その遺体は箱に入れられて、屋敷の板壁の奥に隠された…。そしてこれらの罪を犯した張本人であるスタウェル卿はと言うと、彼が苦痛でうめくのも構わず、家族が外で待つうちに、黄色い部屋のベッドの上でもがき苦しんで亡くなっていた。

1755年にスタウェル卿が亡くなってしばらくの後、屋敷の馬丁が、彼の部屋に亡くなった主人の幽霊が現れたと証言している。馬丁によると、それはスタウェル卿が好んで着ていた、色の冴えないグレーの服を着ていたので、主人だとわかったとのことである。そしてそれ以来、灰色の男の姿や彼のうめき声、彼がとぼとぼと歩く足音がヒントン・アンプナーの廊下で聞かれるようになった。なお、屋敷で見かける女性の霊と言うのは、スタウェルの正妻の霊であると言われている。

【参考】 Famous Haunted Houses and Places



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